NISAなんてあってもなくてもどっちでも良いのだ。富裕層云々という論点のズレた反発に思うこと

いぬデックスです。

(つみたて)NISAが今年も恒久化を見送られたことに関して、いつもの光景が見られますね。毎年騒ぐのはやめて欲しいものですが、今年はその理由として「富裕層への優遇であるとの指摘がある」とされたことで、コンプレックス丸出しのマネーリテラシーおじさんたちの怒りに火をつけてしまったようです。

はっきり言って富裕層云々というのは単に断る時の方便であって深い意味は無いことは明白ですが、どうしてもその言葉尻に噛み付いてこんなのが富裕層なのか、という点に噛み付いている人が多いようです。ぼくより賢い人ばかりのはずなんですが、自分の言いたいことをいうためならばわからないフリをしてでも喚き立てたいという根性が透けて見えてしまいました。残念です。

(つみたて)NISAはすでに運用しているか、もしくはこれから運用をはじめることが決まっている人だけが恩恵を受けることができるお得な制度です。つまり運用している人にとっては、ただでさえ有利なのにさらにボーナスまでもらえてしまう制度となっています。そういう制度があるから利用させてもらっているだけで、無いなら無いでも、運用しないよりはした方がお得になはなります。運用益が非課税になることよりも、運用するかしないかのほうが影響としては大きいんですよね。

つまり運用益が非課税かどうかは、運用するかどうかには直接関係はなく、運用したい人が制度を利用するかどうかにしか影響しないと言えます。NISAという制度が投資への呼び水になったかというと、大した効果はなかったのではないでしょうか。

むしろ運用している人、運用できる人だけがこのお得な制度を利用できるということは、まさに運用できる人だけを優遇するえこひいきに他ならない。これをもって「金融庁は庶民の資産形成を進めるつもりがないのか!」などと糾弾したり「本当の富裕層はNISAなんか使わない」などと嫌味を言ったりするのは少し手前味噌が過ぎるだろうと思います。庶民という他人を利用して、自分の利益のためにやっていることの隠蓑としていることがバレてます。

騒いでいる人たちの言う庶民とやらがどういう定義になっているかは知りませんが、少なくとも自分より貧しい人のことは含まれていないようです。運用している人を優遇しても、投資に興味津々の人しか集まってこないということは明らかになったわけですから、優遇するよりも投資に足を踏み出す手助けや環境の醸成にこそ、その予算を振り分けた方が全体としての底上げになるのではないでしょうか。

これは単なる思いつきですが、たとえば教育課程に資産形成を推奨することを盛り込むとかですね。教育というのは大きな影響があります。領土問題や歴史問題に関する考え方は教育の影響を大きく受けています。永世中立国・スイスの国民の自己防衛への高い意識はそう教育されているからです。

金融庁としてできることはこのようなことしかないのかもしれませんが、ぼくは(つみたて)NISAという制度には欠陥がある不完全なものだと思っていますので、担当省庁の枠組みを越えたもっと単純で使いやすい制度へと生まれ変わって欲しいと思っていますから、なんならNISAには期間限定で終わってもらっても良いと思います。

以上、雑感でした。

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